なんとなく、歯科技工士の道へ

 高校3年生の頃、「親父がやっていた焼肉屋を手伝っていて、常連客の歯科医師の方から初めて聞いた職業が歯科技工士だった」という藤松さん。やりたいことも特に無く、なんとなく参加した新大阪歯科技工士専門学校のたった1回の体験入学で「あんまり聞かん仕事やし、やってみようかな」と決めた。「歯医者になる頭もお金も無いし(笑)、歯が無くなれば必ず需要がある安定した職業だと、まわりからの助言もありました」。  小さい頃からモノづくりが好きだったのかとたずねてみたが「嫌いではなかった」とさほど積極的な答えは返ってこず、京都に住みながら新大阪に体験入学しにいった理由は「大阪の学校に行きたかったから」。

もう無理…と落ち込むことも

 どちらかというと勉強よりもスポーツが得意だった藤松さんは、いわゆる”やんちゃ“な中学・高校時代を過ごしたそうだ。初めて触れる言葉や専門的な授業に戸惑い、「勉強なんかしたことなかったですから、専門学校に入ってもホンマに勉強の仕方がわからなかったんですよ」。今だから笑って話せることだが、学科は大の苦手で「もう無理だ」と落ち込んだことは数え切れない。「国家試験もやばいんちゃうかと思ってましたよ。でもね、友達がいたから学校に来るのは楽しかったし、しまいには、そいつらがみんな専攻科に進学するんで自分も行こうかなみたいな」。専攻科に進学するにも国家試験に合格しなければならない。なんとなく入った学校で、はじめて藤松さんがほんの少し顔を上げ、前を見ることになる。

就職後も本気エンジンはSTOP

 卒業後は歯科技工所(ラボ)に就職するが積極的に仕事を覚えなければならない大切な時期を「言われること、やれることだけやって、時間がくれば帰ってました。とにかく楽な方を選んでしまってたんですね」と振り返る。  同期で入社したのは3名。新人としてやるべき雑用に加え、早く先輩の技術を盗もうと残業した2人と目標を持てない藤松さん、技術力と評価に差がついていったことは言うまでもない。

ある噂から本気エンジン全開に

 「どうも藤松が解雇されるんじゃないかという噂を聞いたんです。これはやばいと…」。入社数ヵ月の出来事だった。「ちょうどその頃、先輩の作った技工物が目に入ったんです。びっくりしましたね。『えっ? こんなすごいもの作れるんか?』って。それで先輩に聞いたんです。『僕もこんな風に作れるようになるんですか?』すると先輩が『なるよ、練習すればな』。ごく一般的な補綴物を見て衝撃を受けた自分は今まで何やってたんかなと思いました」。  これが藤松さんの転機。